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今西健太郎が 卓球人生におけるキャリア転換期から学んだこと ~社会人編~

2020年4月11日

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先日、仕事用めがねを新調しようとお気に入りブランドのオンラインショップを眺めてたんですね。
そしたら、これだ!ってのあったんですけど、年に数本しか作られないとかで在庫も希少、その分まあまあのお値段でして。
一週間くらいかけて悩みに悩んだ挙句、意を決して注文しようと電話をかけたところ...。

店員さん「あ〜、ちょうどあと一本残ってたんですけど、ついさっき店頭で売れてしまいました〜」
今西「...........(´・ω・`)」

何度目の後悔か。
こういうとき。どっかで見られてたんじゃないかな、って思いません?

思いませんよね。




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今西健太郎です♪
皆さんこんばんは。

今回のテーマはこちら!!!
「今西健太郎が 卓球人生におけるキャリア転換期から学んだこと ~社会人編~」
について、ご紹介していこうと思います。
前回記事の続きとなりますので、まだ読んでない人は、是非こっちも読んでみてくださいね^ ^

参考今西健太郎が 卓球人生におけるキャリア転換期から学んだこと ~学生編~

部活と並行しながらの就活、その期間においてどのように考え、行動を選択したのか。そして、実際に社会人になってからどのように卓球と関わってきたのか。何故、一般企業に勤めながら日本一の激戦区である東京で代表選手になれるのか。
村田さんからコラムを書いてみないかとお声がけいただく、その根底となる所以をここに詰めこみます。

社会人になって、思うように練習する時間が取れない。練習できなくなって試合に勝てなくなった。
こういう人、めちゃくちゃ多いと思います。むしろ普通はそうなります。(笑)
もちろん私も、こうすれば実力を維持もしくは向上できると分かっていてやってきたわけではなく、レトロスペクティブ、いわば結果論です。
ですが、同じような境遇の人(卓球は大好きだけど仕事や学業でなかなか練習時間が取れない)が多いと感じる中、少しでもそういった方々の今後の参考になれば、幸いです。

現在の仕事、日々の過ごし方にについて

私は現在、とある製薬企業(以下、X社)MR (医薬情報担当者)として日々、医療機関を訪問し、ドクターや薬剤師に対して自社製品関連領域の情報提供を中心とした仕事をしています。
病院の廊下やクリニックの待合室でスーツを着て待ってる人、見かけたことありませんか?あれです。(笑)

MRとは「Medical Representative」の略で ≒ 営業 です。
他業種の営業との違いとしては、実際の物は扱わず、価格交渉もしない。商材はあくまで医薬品の適正使用情報、自らの知識がメインです。また、「生命関連企業」でもあり、命に関わる疾患をもつ患者様のために働く医療従事者に寄り添い、一層真摯な気持ちを持って活動する必要がある、そういった職種です。そして医療の一端を担うといった点では、疾患関連領域や競合製品等の周辺知識をアップグレードするために常に勉強が必要なのですが、体育会出身の私にとってはこれまた辛い(笑)ですが、これが苦だと感じたことはなく、数多くのやりがいからも充実した日々を過ごしています。

X社の労働環境については、医療従事者のオフタイムが我々にとってのオンタイムになる為、平日は朝から晩まで活動することが多いですが、週末は基本、暦通りの週休二日です。

今に至るまでのきっかけとなる就職活動について

ここから、ほとんどの人が方が通る、もしくは通ってきたであろう就活の時期において私が何を考えたか、紹介します。あくまで私個人の話であって、他の職業に対して悪くいう意図は全くありませんので、ご理解いただければと思います。

部活でキャプテンしながらどんなふうに就活したの?

全国的な実績が出せなかったのもありますが、中途半端な気持ちで実業団に進むつもりはなく、元々は、それまでの経験やスポーツ健康科学部での学びを生かしてスポーツメーカーに就職することを志望していました。そして、部活ではキャプテンを任されていたため、その両立ということもありエントリー数自体も最小限に留め、実際に選考を受けたのは5社くらいだったかと思います。スポーツメーカーを中心に受ける中、大学の先輩がいたからというきっかけでエントリーしていた、唯一全く毛色が違う企業がありました。
実は、結論からいうとその企業こそが、のちに勤めることになるX社でした。

まず就活の選考、実際の面接において、これだけは絶対に守ると決めていたことがありました。
それは、「自分を偽らないこと」です。取り繕ったり、偽ったところで面接のプロ相手には必ず見抜かれる、そして、それがまかり通って内定がもらえたとして、そこは偽った自分と合致しているだけの企業。そんな会社では絶対に長く続かないと思っていました。確かに、落ちる怖さはありますし、気持ちは十二分にわかります。ですが、第一志望で内定がもらえなかったとしても、そういう運命だった、自分の適性とは合致しなかっただけと割り切るつもりでした。それ以上に誤魔化して入社したそのあとの人生の方が怖いと思っていましたし、何より自分の意思や価値観を貫いた上で内定もらった方が、俄然かっこよくないですか?(笑)

選考が進んでいく中で数多くの色々な方と出会い話す中で、「自分が社会に出て本当にしたいことが何なのか?逆にやりたくないことは何なのか?」という根本のところを見直す貴重な機会がありました。ここは絶対に思考を妥協してはいけないポイントだと思い、親や恩師、心底信頼を寄せる知人等に死ぬほど相談しました。
何故そこまで考え抜く必要があったのか。それは、大学卒業後の長い人生、半生をその環境で働き、過ごすことになると思ったからです。(転職はキャリアアップ云々の話は当時全く考えていなかったので今は置いておいてください。笑)

何故、一般企業への就職を選んだの?

はい、もうお分かりですね。(笑)
ここで人生三度目の転換期が訪れます。

転換期その③社会に出て本当にしたいことは何なのか?ゼロベースで見直し、自分にないものを得る選択を決意

元々可能性のあった選択肢について、どう考えて最終的な選択に至ったか、順を追って説明します。

選択肢その①卓球の実績で実業団に進む
そもそも全国的な実績がなく、トップクラスの実業団にはどうあがいても入れない。仮に自分の実力で入れてもらえるチームがあったとして、一般的に卓球選手の寿命として言われるのは大体30歳。じゃあ、その後会社に残してもらえるのか?残してもらえたとして、定年まで残りの30〜40年、サラリーマンとして特にやりたいわけでもない通常業務を続けていけるか。
→できないと思うし、したくない。

選択肢その②高校生の頃から憧れていたスポーツメーカーに就職
自分が今まで支えてきてもらったように、これからは自分もスポーツ選手を支える人になりたいと思っていた、が、しかし。実際にスポーツメーカーで働く、信頼する先輩と深く話したりする中で、それは「心の表面上にある単なる憧れに過ぎなかった」、「あくまで自分は(卓球に限らず)常にプレーヤーとして輝きたい」と思っていることに気付く。更に、スポーツメーカーとしての立場や土日出勤が多い会社では、大好きな卓球を自由にやれなくなる可能性がある。
→好きなことを自由にできなくなるのは嫌だな。そんで、自分が本当にやりたいことってなんだ? 

A.今の自分にないものを得られる環境にいたい

これが私なりの結論でした。
また、考え方としては「今自分がやりたいと思っていること」ではなく、「これだけは外したくないこと」に重きを置く。
要するに、「未来の選択肢を狭めないこと」、これを就活における最優先の軸にした、ということです。

この考えに基づき、更に選考が進む中で、X社における二次面接での営業本部の方との出会いがきっかけとなり、製薬企業での働き方について真剣に考えることになりました。
自分にとって「これだけは外したくないこと」いわば欲求について、挙げるとするなら、こんな感じでした。

・今の自分にないものを得たい
・プレーヤーとして輝きたい、目立ちたい
・好きな時、気が向いた時に卓球もしたい
・色んな人と出会い色んな経験を積みたい
・給料、福利厚生、労働環境・・・
その他諸々

これらの要素をゼロベースでしっかりと考えた上、この選択であれば未来の選択肢を狭める可能性は少ないと信じ、X社に対して内定承諾することを決意いたしました。
今思えば、知見が広まっていない学生のうちに「やりたい!」と思うことって、往々にして「後々考えれば大してそうでもなかった」ことが多いと個人的には思っています。(笑) 大事なのは、常に意図を持って行動し、何が自分の真意なのかを探し続けること、だと若輩者ながら私は思います。

あ、あと!
ここまで話せば言わずもがな、かと思いますが、決して卓球推薦で入社したわけではなく、そもそもそんな枠、弊社にはありません。(笑) 私が入社して結果的にたまたま卓球部出身が数名いたので、やってみたら〜ということで2年間だけ実業団として活動させていただいた次第です。
ちなみに、X社はスポーツに非常に寛容な会社で、今でも活動を支援していただいています。本当に有難い限り。

就活の時期は今振り返っても、ここが今までの人生で最大の岐路だったと感じますし、この選択をしてよかったと思っています。

社会人になってからの練習環境について

社会人になってからは仕事が最優先なので、基本的に平日に練習時間はとれません。できて週1回。大きな試合がなければまともに一ヶ月まともに練習しないこともざらにあります。 そもそも、練習はしんどいので嫌いです(小声)
その代わり(?)、首都圏では週末のオープン戦がレベル的にも非常に充実しており、土日はほぼ毎週何かしらの試合に出ています。
簡単にいうと、「試合が練習」。そういった現在の環境です。



ちなみになんですが、実際にX社に入社して2年目以降、どこへ配属されるかについては、研修生一人ずつ名前を呼ばれて席を立った上で言い渡されます。そこで、どきどきわくわくの私に任命された赴任地こそが、、、「TOKYO」でした。

日本一の市場、大都会東京で働ける!ってなったら、テンション上がるのが一般的ですよね?
ですが、その瞬間の私は、まさにこれ→orz

何故なら東京は、全日本等の予選会が最も厳しいエリアであることは言わずと知れた事実で、言い渡された瞬間、頭の片隅にそれが思い浮かび、素直に喜べない自分がいたのが正直なところです。(笑)
卓球において東京が随一の激戦区であるのは間違いないけど、仕事において重要なのは赴任地より自分のモチベーションだと思っていたから...(;ω;)
今思えば卓球も、自分の考え方と努力次第ですね。嘆いていても仕方ない、順応するしかないと心に言い聞かせています。(笑)
東京の予選会は、本戦のラン決くらいのレベル感で普通に敗者復活戦とかやっていて、観客入れてもいいくらいだと思うので、皆さんぜひ一度、観に来てみてください。(笑)
余談でした( ̄▽ ̄)

練習量減ってから意識していることは?考え方どう変えたの?

これにつきましては、動画の方で大方話していますので、まずはみてください。(笑)

学生から社会人になるにあたって、卓球に対する取り組み方の変化や、厳しい環境の中でも結果を出す為にマインドがどう変わったか。要点をまとめてみました。

  • 卓球を心から楽しむ&好きになる
    (あくまで自発的な話)
  • 「限られた練習時間を如何に質の高いものにするか」を考え抜く
  • 自分にできること、できないことはなにか。自分の現状を棚卸ししてみる
    (発展途上の若者は別)
  • 実際の試合、特に緊張する場面では、力が半減、もしくはそれ以下になることを理解する
  • 背伸びするのではなく「どうすれば持ち合わせた能力を試合で最大限に発揮できるか」を考え抜く
  • 試合に直結する技術、戦術を見極め、そこに焦点を当てた練習を意識する
  • 自分のことを人に語れるくらいまで、研究を深める

自分の現状を知り、「試合で勝つ」という最終目的を達成するためにはなにが必要かを考え抜けば、自ずと答えは見えてきます。

じゃあ実際、どんな練習してるの?

これについても、まずはフットワーク編を動画にまとめていますので、まずはご覧ください。

ここに関しては、細かい練習内容は人それぞれ。基本となる考え方だけまとめてみます。

  • 練習の意図を明確に意識して取り組む
  • 同じ練習をだらだらと続けない
    (5〜8分、長くても10分)
  • 原則、試合のときに近い間合いでサーブ・レシーブをメニューに絡める
  • 実戦に近いフットワークの場合、特に打法切り替え時に注意して極力ミスをしないように意識
  • ラリーが続けば、早い段階でランダムの要素を混ぜる
    (ブロッカーの意識も大切)

まずはこんなところですかね。
先述の通り、実際の練習メニューは人それぞれなので、初めのうちは自分なりに意図を持って工夫していればそれでOK!d( ̄  ̄)

のちのち、【システム練習編】、【オール練習、試合編】をあげる予定ですので、こちらも楽しみに待っていてください♪

~総まとめ~ モチベーション推移グラフ

2つの記事にまたがって、私の卓球人生について振り返り、一通りご紹介させていただきました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます(( _ _ ))

それでは最後に、就活の時の自己分析でもやった「モチベーション推移グラフ(卓球に限る)」を共有して終わりにしたいと思います。

社会人になってからの方が順調ですね。(笑)
これからも常に右肩上がりになるよう、頑張っていきます( ^ω^ )

皆さんも、時間があれば是非やってみてください♪
新たな気づきがあるかもしれませんよ???

それではこの辺で。See you again(^^)/~~~

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  • この記事を書いた人

今西 健太郎

皆さん、初めまして。 京都にある実家の卓球スクールで卓球を始め、東山高校、同志社大学へと進学。現在は製薬企業でMR(医薬情報担当者)として東京で働きながら、TIBHAR契約選手として卓球人生を謳歌しております。これまでの経験や挫折から得た学び、マインドを発信します。

-寄稿記事, フットワーク, 練習メニュー
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